01社内・社外、同時に取り組みを推進
── AIGグループにおけるLGBTへの取り組みは、どのようなものでしょうか。
「まず、お客様に対しては、保険商品の死亡受取人指定に関する事項の変更です。AIUと富士火災では2016年3月後半から、傷害保険と旅行保険の死亡保険金受取人について、弊社が認めたパートナーシップ証明書の写しなどを提出いただいた場合には、被保険者の”配偶者または親族”と同等の扱いにし、手続きを簡素化したのです」
「また、AIG富士生命が取り扱う生命保険については5月16日から、弊社指定の条件を満たした場合には、生命保険の死亡受取人に同性パートナーを指定することも可能となりました」
「従業員への対応としては、まず福利厚生の見直しを行いました。5月1日からAIGグループ各社で、結婚および配偶者の定義に”同性婚”を追加。結婚祝い金や結婚式休暇が同性婚カップルにも適用されるようになり、代用社宅規定や単身赴任補助規定、転勤費用規定についても同性婚のパートナーがその対象に含まれることとなりました」
── そうした取り組みに先駆けて、LGBTへの理解促進のための従業員グループができたそうですね。
「はい。2月に、LGBTの社員が能力を最大限に発揮できる職場環境づくりをミッションとする『LGBT&Allies Rainbow ERG(Employee Resource Group)』が発足されたんです。会社公認の従業員グループで相談役として役員が参加し、活動費も支給されるというものです。非当事者がLGBTに関する正しい知識を身につけられるようさまざまな活動を行っていて、ゴールデンウィークに開催された東京レインボープライドにも協賛しました」
02多様性を認め、重んじる社風だからこそ
── そもそも、AIGグループが日本でLGBTへの取り組みを始めるきっかけは、何だったのでしょう?
「昨年10月、九州・福岡市の弊社の保険代理店が会議をしていた部屋の隣で、若い人たちが熱心に議論をしていたそうなんです。何をしているのか代理店の方が尋ねると、彼らは九州レインボープライドの実行委員で、1ヶ月後のレインボーパレードのための話し合いをしていると。その代理店の方が彼らの活動内容、そしてLGBTについての話を聞いて感銘を受け、弊社に『保険会社として、LGBT支援への取り組みを検討してもらえないか』と提案したことが、直接のきっかけです」
── そこから具体的な対応に至るまで、かなりのスピード展開だったと聞いています。
「そうなんです。福岡からの問い合わせの後すぐ、役員と人事部員がLGBTに関する研修を受け、11月には九州レインボープライドに協賛しています。その後、1月に全管理職向けのハラスメント研修の中にLGBTに関するパートを導入、2月にLGBT&Allies Rainbow ERG発足、3月には役員から全従業員に、LGBTへの理解を求めるメッセージを配信しました。あらためて振り返ってみると、かなりのハイペースですね」
── LGBT支援について、関心を持ち前向きに導入を考えながらも、なかなか実施に至らない企業も少なくないように感じます。ところが、AIGジャパンではわずか半年で、それも保険金受取人指定という重要な制度の改正も進められたのですね。成功の秘訣は何だったのでしょう。
「弊社の文化、でしょうか。もともとダイバーシティ&インクルージョンの推進に力を入れており、多様な社員の存在を認め、それぞれが働きやすい環境を作っていこうという考えのもと、女性のキャリア開発や能力育成、ワークライフバランス、ジェネレーション間の理解など、さまざまなERGの活動が認められているんですね。LGBTもその一つ、という位置づけです」
「LGBTのERGに関しては、ニューヨークをはじめ世界9か所で組織され、すでに活動しています。そうした土壌があるので、スムーズに話が運んでいったのだと思います」
── LGBT関連の問題を解消しよう、あるいは支援していこうとなったとき、多くの企業では人事部が中心になって動くようですね。
「そのようですね。弊社の場合も、福利厚生面では人事部が動きましたが、同時に営業、商品企画、広報などの部門も一緒になってLGBT支援に取り組みました。その結果、レインボープライドの協賛、社内の制度変更、商品の制度変更といったことが短期間で実現したのだと思います」
「たとえば、私は以前、AIUの富山支店に勤務していて、LGBT当事者であることを周囲にも表明していたところ、昨年の11月頃に本社から『LGBT支援の商品を考えているが、当事者としての意見を聞かせてほしい』という問い合わせがありました。また、九州と東京のレインボープライドへの協賛も、部門横断で連携して動いたからこそ叶ったことなのだと思います」
03どの社員も「安心して働けるように」
── LGBT支援企業であることを表明した後、社外からどんな反響がありましたか?
「5月の東京レインボープライドでは、AIGジャパンとしてブースを出したのですが、2日間で1000人以上もの方にお越しいただき、ご好評を得ました。また、他企業さんからも『一緒にパネルディスカッションをしませんか』と声をかけていただいたり。日本の社会においてLGBT支援の取り組みがいかに必要とされているか、自分たちが動いてみてあらためて実感しました」
── 社内の反応は、いかがでしょう。
「数年前なら、LGBTという言葉すら知らない社員が多かったと思いますが、今は少なくても言葉は知っていて、徐々に理解が深まっているという状況です。驚いたのは、当ERGを立ち上げるにあたってメンバーを募ったところ、自ら参加したいと東京以外の拠点からも手が上がり、今では50名を超える社員がメンバーになってくれたことです。」
「東京レインボープライドのパレードには、役職員をはじめ約60人が参加。我が子やペットを連れて参加する社員もいて、心からパレードを楽しんでいましたね。そして、パレードが終わった後のある役職員の第一声が『それで、次は何をする?』だったのです」
── それが、先ほどおっしゃっていたAIGジャパンの文化、なのですね。そうした社内の変化について、LGBT当事者からはどんな反応がありましたか?
「働きやすくなった、という声が寄せられています。私自身、もともと当事者であることを公表して仕事をしていましたし、それによって社内で不自由や不都合を感じることもありませんでした。でも、当ERGの活動に携わるようになったことで、社内で、気兼ねなく何でも話せる社員と巡り会えたことがうれしいです。仕事を共有しながらセクシュアリティの話も共有できる安心感を、初めて味わいました」
「仕事に、より集中して取り組めるようになった気がします。文言としてはよく『従業員の気持ちを安定させるようなマネジメントを』などと聞きますが、なるほどこういうことなのかと、実感できました」
04当事者と非当事者、両方の立場から
── 川野さんが LGBT&Allies Rainbow ERGの活動に携わるようになったきかっけは、何でしょう。
「私はこちらのERGが発足される前からLGBT支援のERGが立ち上げられたらと考えていました。というのも、会社のイントラネットで2014年から社員の多様な働き方を考えるERGが発足され、いずれも会社公認で活動を行っているということを知って、この会社ならLGBT支援のための活動ができるかもしれない、と可能性を感じたんです」
── すぐにLGBTのグループを立ち上げようと?
「いえ。当時はまだまだ、LGBTの概念が社内はもちろん社会全体にも広まっていなかったので、いきなりはむずかしいと思いました。そこで、まずはワーキングファミリーや女性のキャリア開発のERGに入り、そこで『LGBT当事者が働きやすい環境がつくれないか』というお話をして。ただ、その頃はまだ日本ではLGBTの認知度は低かったこともあり、時期尚早かもしれないということで話はペンディングになっていたんです」
── そうした経緯があって、 LGBT&Allies Rainbow ERGの立ち上げの際に声がかかったのですね。
「ええ。『そういえば川野さん、ずっと言っていたよね』と。その時はまだ九州レインボープライド協賛に打診があったことを知らなかったので、突然何が起きたのだろう? と驚きました。その後、当ERGのメンバーとして会議に参加した際に事の成り行きを知って、ああそういうことだったのかと。この時、当事者として声を上げることはもちろん大切だけれど、アライの方の力が本当に大きいのだなあと強く感じました」
── 全社的にLGBT支援がスタートして、川野さんご自身「安心感を得た」とのことでしたが、働く環境としてほかに何か変化はありましたか?
「パートナーはたまたま私と同じ時期に入社した女性だということもあって、自分がLGBTだとカムアウトすることに抵抗はなく、誰かに『一緒に暮らしているの?』と聞かれれば『そうだよ』と答えてはいたんです。ところが、多くの人はLGBTというものの概念を知らなかったために『それで、どういうタイプの男性が好きなの?』って(笑)」
「知らないというのはこういうことなのか、LGBTという言葉だけでなく、それがどういうことなのか発信していかなくてはと思いました。そこで、会社としてLGBT支援の取り組みができないだろうか、と考え続けていたんです」
「4月以降は、徐々にですがグループ各社の社員の間にLGBTへの理解が広まってきていると感じています。」
── LGBTに関して、それがどういうものなのか質問を投げかけられることはありますか?
「いえ、まだありません。周りの人たちは逆に気を使ってくれているようで、私のセクシュアリティについても聞かれたことはないんです。ですから自分から、見ての通りみなさんと同じように仕事をし、お給料をいただいて、休みの日には遊びに行き・・・・・・とみなさんと同じように生活していて、抱えている問題もたぶんあまり変わりません、とお話ししているんですよ」
── LGBTへの理解が社内に広まりつつある中、川野さんの働き方に変化があったとうかがいましたが。
「上司から、キャリアアップについて問い合わせがありました。私が以前働いていた職場は、土地柄なのか、出産を機に会社を辞めるか子育てが一段落し再就職したという女性が多く、女性社員はキャリアアップを望む人が少ないという認識を持たれていたようです。しかし、私にパートナーがいることを知った上司が『家族がいるなら、キャリアアップしてもっと仕事をしていきたいのでは?』と聞いてくださったんです」
── 川野さんのそれまでの仕事ぶりを見ていた上での配慮だったと思いますが、その上司の方はLGBTへの理解を通して「女性の働き方は一つではない」と考えられたのでしょうか。うれしい変化ですね。
「はい。この会社では多様性を重んじるという考え方がマネジメント層にしっかり浸透しているんだな、と感じました。上司にジョブポスティング(社内公募制度)を利用すれば希望する仕事に就けるかもしれないと教えていただいて、調べてみるといま所属している部署でアンダーライターを募集していました」
「アンダーライターというのは、保険の契約内容や保険料の査定などを担当する職種。これまでの経験を活かし、LGBTのお客様への支援にも携わりたいと考えていた私には、まさにうってつけの仕事でした。迷わず応募し、本社へ異動となったのです」
── そのタイミングでLGBT&Allies Rainbow ERGの代表になられたのでしょうか。
「たまたまその時期に前代表が退社し、後を引き継ぎました。前代表はLGBT団体にも所属し、積極的に活動を続けてきた人なんです。私にとっても、とても尊敬できる人。ところが私は、それまで身近に当事者の仲間はほとんどおらず、日本におけるLGBT事情にも詳しくなかったんです。代表にと声がかかったときは、こんな自分で本当に代表が務まるのだろうかと不安でした」
── 最終的に引き受ける気持ちになった、その理由は?
「私は当事者でありながら、LGBTについての知識が十分ではないという意味でアライの方と同じ状況でした。ただ、そのことが逆に、非当事者にLGBTを理解してもらうためには何が必要か、アライになっていただくにはどうすればいいかを考える際、役に立つのではないか。当事者と非当事者、両方の立場から考えを深めることができるのではないか。そう考えて、代表の任を引き受けることにしました」
05誰もがダイバーシティである
── ERGのメンバーはどのように活動しているのですか?
「LGBTに限らず、ERGの活動はボランティアなので、自分の通常業務外での活動となります。ただ、自分の中で仕事のタスクを決め、スケジューリングすればいいので、勤務時間を使って活動することもできます。お昼休みを使って、ランチミーティングを行うことが多いですね」
「また、『We are LGBT Allies』というオリジナルのマグネットクリップやステッカーをつくり、メンバーは事あるごとに社員に配っています。こうしたオリジナルグッズの作成についても、役職員に『作ってもいいですか?』と尋ねると即、理解が得られました」
── それはまた、速い。組織が大きくなればなるほど、ちょっとした決め事でもゴーサインが出るまでにかなりの時間がかかるようですが。
「そうですよね。ところが、この会社では何か提案してもダメ出しされることなく、従業員の意見が尊重されています。LGBTに関しては当事者も非当事者も、まだまだやれることがたくさんあると思うので、これからも会社にはどんどん提案していくつもりです」
── 目下のところ、どんなテーマが挙がっているのでしょう。
「ビジネスプランとしては、3ヶ月に1度、何かイベントを行うことを考えています。とくに社内でのセミナーやセッションについてはまだ役職員向けにしか行われていないので、今後は中間管理職、そして全社員にも行えるように提案している段階です」
── 今後、LGBTへの理解が社内、社外ともに浸透するために重要なことは何だと思われますか?
「私たち当事者自身が学び、社会に理解を求めていくことはもちろん大切ですが、そのためにも非当事者をいかに巻き込むかが重要だと感じています。ERGで活動をしていて気づいたのは、LGBTに関心のない人は我々がいくらイベントを計画しても、その情報をキャッチできない。そこが、理解がなかなか広まらない大きな原因でしょう」
「ですから、大きなインクルージョンとして何か大きなイベントを仕掛け、その中にLGBTの話題を盛り込むというのが、多くの人の目に止まり、理解を深めてもらうことにつながるのではないかと考えています」
── LGBTの問題にかぎらず、誰もがダイバーシティである、という考え方ですね。
「そうなんです。多様な働き方、多様な生き方が認められるところに多様なイノベーションが生まれ、それがひいてはビジネスの成長につながる、というのが弊社の考え方です。社内でも、LGBTの問題だけでなく介護や子育てと仕事との両立など、社員それぞれいろいろな問題を抱えています。その誰もがいきいきと働ける職場、楽しく暮らせる社会をつくるために、みんなで知恵を出しあう」
「つまり誰もがダイバーシティであるという観点から、生き方や働き方の一つとしてLGBTの問題をとらえることができたら、より良い職場になるはずです。そしてそれが、より良い社会をつくることにつながるのではないかと思うのです」